大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所米沢支部 昭和62年(ヨ)79号 決定

債権者 佐藤祐一 ほか一名

債務者 国

代理人 中野哲弘 佐藤孝明 菅原孝夫 小原紘司 工藤公男 西田俊一 大泉富夫 ほか六名

主文

一  債権者らの本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

事実

(申請の趣旨)

一  債務者は、その機関である小国営林署長が管理、経営のために管轄する国有林百林班内の別紙「伐採計画図」中赤枠で囲まれた「ぬ」及び「る10」の各林小班に群生するブナ林等原生林を、自らまたは第三者をして伐採してはならない。

二  申請費用は債務者の負担とする。

(申請の趣旨に対する答弁)

主文と同旨

(申請理由)

一  当事者

1  債権者佐藤祐一(以下「債権者祐一」という。)は、肩書住所地及びその周辺に一〇筆の土地を所有し、昭和五二年春以来、同所において、実弟の債権者佐藤幸夫(以下「債権者幸夫」という。)との共同経営により岩魚の養魚場、釣り堀及び飲食店を営んでいるほか、単独で右同所において、なめこの缶詰業をも営んでいる。右岩魚の養魚池、釣り堀、食堂などの配置関係は、別紙「養魚場位置図」記載のとおりであるところ、養魚池の面積は約五〇坪、釣り堀の面積は約三〇〇坪であり、現在同所において約三万匹ないし五万匹の岩魚が養魚されており、年間の岩魚の出荷量は約二トン、金額にして約金四〇〇万円の実績となつている。

債権者幸夫は、債権者祐一とともに前記のとおり岩魚の養魚場を営んでいるほか、その肩書住所地において、昭和五七年五月以来「岩魚センター渓流亭」の屋号で岩魚・山菜・きのこの料理店を経営しており、そこで料理に供される岩魚は、前記養魚場から入荷され、その入荷量は年間約一・四トンの実績にある。

そして、債権者らは、別紙「巻ノ沢及び小川沢の流路位置図」に表示のとおりの位置の国有林野内の所在する巻ノ沢上流及び小川沢の両方の流水を、別紙「小川沢水路・巻ノ沢水路略図」(以下別紙「水路略図」という。)記載のとおりの経路により前記養魚池に導水し、これを利用して岩魚の養魚を行つており、右小川沢から右養魚池への導水量は平均毎分五トン以上に達している。

2  債務者の機関である小国営林署長は、その営林署管轄の国有林野の管理経営等をつかさどるものであり、国有林野の産物売払規程に基づき、その管轄下にある国有林野事業特別会計の管理に属する林産物の売払い権限を有しているところ、同営林署長は、前記産物売払規程に基づき、その管理、経営のために管轄する国有林百林班内の別紙「伐採計画図」中赤枠で囲まれた「ぬ」及び「る10」の各小班(以下「本件伐採予定地区」という。)に群生するブナ等原生林を第三者に売払い、伐採させようとしているものである(以下「本件伐採計画」という。)なお、本件伐採予定地区と債権者らの岩魚養魚場との位置関係は、別紙「伐採地と養魚場の位置関係図」に記載のとおりである。

ところで、本件伐採計画は、秋田営林局の山形南部地域施業計画区第四次地域施業計画(計画期間は昭和六〇年四月一日から昭和七〇年三月三一日まで)の一環として、昭和六二年度に伐採を予定しているものであつて、本件伐採予定地区の林況は、ブナ、トチ、ミズナラを主な樹種とする広葉樹等が植生する天然原生林であり、その中でもブナが約七割を占めており、径一メートル近いものも多数林立している。そして、小国営林署長は、本件伐採計画において、総面積六・二五ヘクタールの「る10」小班においては、いわゆる「保残伐」方式を採用し、種木となるブナ等の樹木一九五本を残すのみで、それ以外の立木は胸高直径二六センチメートル以上のものをすべて伐採し、総面積三・〇四ヘクタールの「ぬ」小班においては、いわゆる「択伐」方式を採用し、胸高直径二六センチメートル以上のブナ等の樹木のうちから選択した一五パーセントの数の立木を伐採しようとしているものである。

二  被保全権利について

1  小川沢の流木に対する契約上の水利権(但し、債権者祐一のみ主張)

(一) 債権者らは、前記一、1に記載のとおり、巻ノ沢上流及び小川沢の流水を養魚池に導水して岩魚の養魚を行つているところ、債権者祐一は、昭和五二年三月ころ、右小川沢からの導水にあたり、債務者から、国有林野である小国事業区大字市野沢外四字大平外五国有林一〇〇林班「い」小班内に所在する小川沢からの導水取入れ口の敷地(別紙「水路略図」中に「取入口A」と表示された箇所の土地部分)(以下「本件取水口敷」という。)及び同所から養魚場に至る水路敷の一部(右略図中の「取入口A」から「コン46号」と表示された箇所までの区間の土地部分)(以下「本件水路敷」という。)以上合計〇・〇一〇ヘクタールの貸付を受け(以下「本件貸付(契約)」という。)、以来現在に至るまで右貸付が更新され、債権者らは、本件取水口敷に鋼製の堰とコンクリート製取水口(以下「取水口A」という。)を、本件水路敷にコンクリート製の水路をそれぞれ設置して、小川沢の流水を岩魚養魚場へ導水している。

(二) ところで、債権者祐一は、債務者の貸付担当者である小国営林署長に対して本件貸付の申し込みをなすに当たり、それが岩魚の養魚を目的として小川沢の流水を導入するためのものである旨を明示しており、小国営林署側からの「岩魚の養魚は不可能ではないか」との質問に対し、「岩魚の養魚には水が重要であり、小川沢の流水が、その自然状態において岩魚の養魚に適している。」旨を説明したところ、同営林署長は、債権者らの岩魚養魚に積極的に賛同して本件貸付を承諾したものであり、しかもその承諾に至る過程において、債権者祐一に対し、わざわざ「岩魚に必要な水量を確保するためには、水路敷をもつと広く借りた方がよい。」との助言を与え、その結果、債権者祐一において、債務者から貸付を受けるべき水路敷の幅を当初の予定よりも拡幅して本件貸付を申請したという事実がある。もつとも、本件貸付の申請に当たつては、その申請書添付の書類等に「水田かんがい目的」と記載されているが、それは、「書類の形式上そのようにされたい。」との小国営林署側の指示に従つて記載したまでである。

(三) なお、小川沢は、国有林野内に所在する河川法の適用も準用もされない普通河川であり、しかも山形県普通河川取締条例の対象となつておらず、また、小国町も普通河川取締条例を制定していないところ、かかる国有林野内の普通河川については、河川敷を国有財産として管理する権限を有する営林署長が、その財産管理権に基づいて、本来的に河川の流水についての機能管理権をも有するものと解すべきである。けだし、国は、普通河川の河川敷地に対する所有権そのものの作用として(財産管理)、本来的に河川(流水)の機能管理もなしうるものであり、ただ、地方自治法二条二項、三項二号、一四条一項により、市町村が普通河川取締条例を制定して管理する場合に限り、国の機能管理権が休眠するにすぎないものと解するのが相当であつて、かかる理は、河川敷地に対する所有権そのものの作用として認められるものであるから、およそ国有財産である以上、その河川敷地が公共用財産として管理されていようと、本件の如く企業用財産として管理されていようと差異は生じないからである。そして、小国営林署長自身も右の如く理解したからこそ、債権者らにおいて、小川沢の流水を完全に堰止め、その流水の専用を可能ならしめる水利施設を設置するための敷地として、小川沢の河川敷を貸付けたものであり、これにより、現に、債権者らは、前記のとおり、鋼製の堰とコンクリート製水路(以下これらを合わせて「本件水利施設」ともいう。)を設置して、小川沢の流水を継続的、独占的、排他的に利用しているのであつて、その流水の利用形態は、債務者が主張するような流水の自由使用の形態とは根本的に異なるのである。

(四) 以上に述べた本件貸付けに至る経緯及び小国営林署長の小川沢の流水に対する管理権限に照すならば、本件貸付(契約)には、普通河川たる小川沢の流水について水利権を設定する権限を有する小国営林署長すなわち債務者と債権者祐一との間に、同債権者において、小川沢の流水をその自然のままの状態で、岩魚の養魚目的のために継続的・独占的・排他的に利用することについての合意も含まれていたものというべきであり、それゆえにこそ、本件貸付契約締結後、債権者らは、総額四〇〇万円の費用を出捐して本件水利施設を設置したものであり、単に山間のわずかな水田を耕作するためであれば、かかる投資をする筈がないし、本件水利施設の近辺に水田を所有し、債権者祐一とともに本件貸付の共同申請人となつている佐藤祐吉、小嶋健寿が本件水利施設の費用を負担しないのも不自然である。

(五) よつて、右(四)に記載の合意に基づき、債権者祐一は債務者に対し、岩魚の養魚目的のために小川沢の流水をその自然状態で利用する権利を取得し、一方、債務者は債権者祐一に対し、岩魚の養魚目的のために小川沢の流水を自然状態で利用させる義務、すなわち、小川沢の流水の水質、水温、水量等の点で岩魚の養魚に悪影響を与えるような自然状態の改変をして流水の利用を妨げてはならないという不作為義務を負つているものというべく、債権者祐一が、かかる意味での契約上の水利権を有することは明らかである。

2  小川沢及び巻ノ沢の流水に対する慣行上の水利権

(一) 債権者らは、先祖伝来、小川沢の流水を飲料目的、水田かんがい目的といつたその生活と生産活動のために引水して利用するとともに、巻ノ沢上流からも先祖伝来水を引き、飲料水や灌漑用水などに利用してきたものであり、その取水口及び水路の位置は、昔からほぼ別紙「水路略図」に記載のとおりであつて、債権者らは、このように小川沢及び巻ノ沢の流水について先祖伝来の慣行上の水利権を有している。

ところで、右水利権は、水の継続的かつ表現的な使用という事実支配が、日常生活と生産活動に不可欠であるとして、社会的に法的な地位を承認されたことによつて成立したものであり、いつたん成立した水利権は、その水流の継続的使用がその住民の日常生活と生産活動にとつて不可欠なものである限りは、社会の発展に応じて生産活動の様式に変化が生じても、同一性を保ちつつ目的を変容させて継続するのが本来の姿というべきであり、また、事実支配に基づく権利であるから、本来、水流をそのあるがままの状態で使用できる権利というべきである。もつとも、河川法上の「許可水利権」は勿論、河川法による規制を受けるに至つた「慣行上の水利権」については、同法の立法目的により具体的な各使用目的に応じて個々別々の権利として構成されるに至るのであるが、本件の小川沢や巻ノ沢の如く河川法の適用もなく、地方自治体の条例による管理もされていない普通河川の慣行上の水利権は、かかる法律上の規制を受けるに至つていないから、その本来の姿を残しており、生産活動の変化により、その目的が変容しても同一性を保つて継続するものなのである。

しかして、債権者らは、昭和五四年に現在のコンクリート製岩魚養魚池を作る前の昭和五〇年前後ころから、債権者祐一敷地内の池で岩魚養魚の量産化のための試行をしていたが、そのころから巻ノ沢上流から引いた水を岩魚の養魚に使用しており、現在も巻ノ沢上流と小川沢の両方の流水を利用して養魚しているのであるから、債権者らが先祖代々小川沢及び巻ノ沢の両方の流水につき有する慣行上の水利権は、小川沢及び巻ノ沢の流水を、飲料目的、水田かんがい目的に加え、岩魚の養魚という目的をも含めてその自然状態のまま利用する権利にほかならないのである。

(二) 仮に、債務者が主張するように、普通河川の慣行上の水利権も目的ごとに個別に成立するものであるとしても、以下に詳論するとおり、債権者らは、小川沢の流水についても巻ノ沢の流水についても、岩魚の養魚目的で流水を利用するについて社会的承認を受け、かつ、流水利用期間の点についてもその要件を充足しているから、岩魚の養魚目的による慣行上の水利権を取得している。

(1) 流水利用に対する社会的承認の有無を判断するための要素としては、(イ)利用目的の正当性、(ロ)管理権者の承認、(ハ)水利施設の設置と費用の負担、(ニ)第三者への公示、(ホ)他の流水利用者の承認が考慮されるべきところ、右慣行上の水利権は、以下に述べるとおり、そのいずれもの要素を充足し、社会的承認を得ているのである。

(イ) (目的の正当性)

岩魚の養魚という目的が正当なものであり、なんら社会的非難を受ける筋合でないのは当然であり、それどころか、債権者らが営む岩魚養魚事業は、自然を生かし、自然と共生しながらの地場産業であり、過疎化の中で地域を活性化させるものとして高く評価されるべきものである。

(ロ) (管理権者の承認)

小川沢及び巻ノ沢の河川管理者である小国営林署長は、以下に述べるとおり、債権者らが、小川沢及び巻ノ沢の流水を岩魚の養魚目的で利用することを承認していたものである。

何故なら、先ず小川沢については、債権者らにおいて、前述のとおり先祖伝来その流水を水田灌漑用や飲料用に使用してきたものではあるが、債権者祐一は、前記1に記載のとおり、岩魚の養魚を機に、債務者の貸付担当者であり、河川の管理権を有する小国営林署長から、岩魚の養魚目的で小川沢から導水するための本件取水口敷及び本件水路敷の貸付を受け(「本件貸付契約」)、その際、岩魚の養魚目的での流水利用も合意されており、他方、巻ノ沢についても、そもそも本件貸付契約締結に際して、債権者らは、小国営林署長に対し、「巻ノ沢の流水を引いて岩魚の養魚に利用しているが、それだけでは不足なので小川沢の流水を利用したい」旨を説明のうえ、右貸付を受けたのであるから、巻ノ沢の流水の河川管理権限を有する同営林署長において、岩魚の養魚目的による巻ノ沢の流水の利用を承認することが、当然の前提とされていたからである。そして、本件での流水利用に対する社会的承認の有無を検討するうえにおいては、右にみたように河川管理権者たる小国営林署長の承認があるという事実こそ重要なのである。

もつとも、債務者は、小国営林署長すなわち債権者には小川沢及び巻ノ沢の流水管理権がなく、河川敷地等の財産管理権しか有していない旨を主張しているが、仮にそうであるとしても(債権者らがかかる見解をとらないことは前述のとおりである。)、小国営林署長の以下に述べる行為は、河川管理者による承認と同視しうる程度に重要である。すなわち、先ず小川沢について、河川敷地及び水路敷地の管理権者である同営林署長は、本件水利施設の敷地を正式に貸付けること(「本件貸付契約」)によつて本件水利施設の設置を正式に承認し、以来、小川沢の流水が、本件水利施設によつて債権者らの岩魚養魚池へと導水され、岩魚の養魚目的に利用されている事実を知りながら本件貸付契約を更新してきたものであり、さらに百歩譲つて、本件貸付契約が債務者主張のように水田のかんがい用水の取水を目的としていたとしても、同営林署長は、債権者らによる岩魚の養魚目的での流水利用を黙認していたものである。また、巻ノ沢についても、小国営林署長は、その水利施設たる取水口(別紙「水路略図」中に「取入口B」と表示された箇所(以下「取水口B」という。)及び同所から養魚場に至る水路の一部(右略図中の「取水口B」から「石35号」と表示された箇所までの区間)が国有林野内に所在し、これによる流水が小川沢からの流水と合流して、債権者らの岩魚養魚池に導入されていることを知りながら、これを黙認していたものである。これらの事実は、河川管理権者による承認と何ら差異はないというべきである。

なお、右の点に関し、債務者は、小国営林署長としては、債権者らの岩魚養魚池への導水が、流水利用の本来の目的である水田灌漑に使用したのちのいわば余水を利用している程度にすぎないので、これを放置していたものであつて、何ら承認を与えていたものではない旨を主張するが、債権者らが設置した水利施設によつて取水される小川沢及び巻ノ沢の流れの水量は、もつぱら債権者らの岩魚養魚の必要に応じて決定されており、小川沢からの取水量は、水田灌漑に必要な量をはるかに超え、水田耕作時期のいかんにかかわらず、岩魚養魚の必要性のために年間を通して取水され、また、巻ノ沢からの取水量も、債権者祐一宅の生活用水としての必要性をはるかに超えて、常時取水されているから、債務者の前記主張は、債権者らの流水利用の実態に著しく反している。さらに、債権者らによる岩魚の養魚目的での小川沢の流水の使用が国有林野法七条に違反せず、したがつて、右流水に対する慣行水利権の取得が、何ら国有林野法七条に違反する行為を媒介とすることにならないのは、後記(抗弁に対する認否及び債権者らの主張)に記載のとおりである。

(ハ) 水利施設の設置・維持管理とその費用負担

先ず、巻ノ沢については、前記のとおり、その上流に取水口Bを設け、水路を設置して債権者祐一宅の裏手で、小川沢の流水とあわせて岩魚養魚池に導水しているが、これらの水利施設の設置、維持管理及びそのための費用や労力は、もつぱら債権者らが負担している。

小川沢については、本件取水口敷に流水を堰止める鋼製の堰を設け、堰止めた流水は、コンクリート製の取水口(「取水口A」)から水路に取水され、さらにパイプによつて債権者祐一宅の裏手で巻ノ沢からの流水と合流して岩魚養魚池へ導水されているところ、これらの水利施設は、岩魚養魚の量産化に踏み切つた昭和五四年に、債権者らがその費用金四〇〇万円を負担して、現在の岩魚養魚池の工事と同時に、それにあわせて設置し(養魚池工事を加えた工事費の総額は約一二〇〇万円である)、その後の補修や維持管理も、もつぱら債権者らがその費用と労力を負担しており、債権者祐一の水田の近辺に水田を持つ小嶋健寿、佐藤祐吉は、その費用を全く負担していない。

(ニ) 第三者への公示

小川沢についても、巻ノ沢についても、その流水が債権者らによつて岩魚の養魚目的に利用されていることは、右(ハ)の施設により債権者らの養魚池に流水が導水されていることから、誰の目にも明らかである。

(ホ) 他の流水利用者の承認

巻ノ沢と小川沢について、他の利用者として問題になるのは、小嶋健寿と佐藤祐吉の二名だけであるところ、この両名は、債権者らによる岩魚の養魚目的での流水利用に対して積極的に承認する態度をとつており、また、小川沢と足水川の合流点より下流の流水利用者からも、債権者らの右流水利用に対して異議を出されたことはないから、債権者らによる岩魚の養魚目的での小川沢・巻ノ沢の流水利用に対しては他の利用者による承認が得られているというべきである。

(2) 次に、慣行上の水利権の成立が認められるために必要な流水利用期間については、一般的な基準があるわけではなく、具体的な流水の継続的利用が、社会的に侵すべからざるものと観念されるに至つているかを、個別的事情を検討して決定すべきである。そして、社会的に侵すべからざるものと観念されるに至つているかという判断は、前記(1)の継続的な流水利用に対する社会的承認と密接な関係のある判断であり、社会的承認の判断と流水利用期間の長短とは相関関係にあるというべきである。

本件においては、〈1〉債権者らの流水利用の目的である岩魚の養魚事業は、それ自体正当なものであるというだけでなく、過疎化が進行する中で、自然と共生しながら地域を活性化させるものとして、地域社会から評価されていること、〈2〉債権者らは、費用及び労力を負担して水利施設の設置、維持管理をしていること、特に、小川沢の本件水利施設は二〇年をはるかに超えて存続することが予定される半永久的施設であること、〈3〉それらの水利施設は、敷地の管理権者である債務者から正式の貸付を受け、あるいは敷地の利用の黙認を受けて設置されていること、〈4〉そして、百歩譲つて水田灌漑目的の水利施設としての貸付であつたとしても、債務者は、債権者らが岩魚の養魚目的の引水に右水利施設を利用しているのを黙認していること、〈5〉他の流水利用者の態度は積極的承認であること等が考慮されるべきである。

しかして、債権者らは、昭和五〇年ころから巻ノ沢の水利施設から引水した流水を利用して、債権者祐一宅裏手に池を掘つて岩魚の養魚の試行を始め、まもなく、小川沢からも揚水ポンプを利用して右池に揚水して使用していたものであるが、昭和五四年には岩魚養魚の量産化に踏みきり、本格的な岩魚養魚池の設備工事と併行して、債務者から国有林野の貸付を受けて、現在の小川沢の本件水利施設を設置し、その後も右貸付契約は更新されて今日に至るまで巻ノ沢の流水を継続的に利用してきたものである。

(3) そこで、債権者らの右継続的流水利用について、前記の諸要素を考慮すると、債権者らは、債権者との本件貸付契約が初めて更新された昭和五七年四月一日までの流水利用期間をもつて、岩魚の養魚目的の慣行上の水利権を取得したというべきであり、遅くとも、右貸付契約が自動更新を内容とする契約に変わつた昭和六〇年四月一日には岩魚の養魚目的による慣行上の水利権を取得したというべきである。

3  自然享有権

国民は、生命あるいは人間らしい生活を維持するために不可欠な自然の恵沢を享受する権利(自然享有権)を有しており、債権者らも国民の一員としてこの権利を有している。

自然享有権の提唱は最近のことではあるが、自然は人類を含むあらゆる生命の母胎であり、人間の健康で文化的な生活にとつて、不可欠の財産であつて、その意味で自然は公共財産であり、その自然に対し、そのサイクルを根本的に変えるような活動をなすのは、人類のみであるから、人類は他の生命体に対し、それらの生存の基盤でもある自然を適正に保全する責務があり、国民は、この公共財産たる自然を我々の時代だけで費消してはならず、次の世代にこれを継承する義務があり、そのために、現在及び将来の人間は、国家が形成されている場合には、国あるいは地方公共団体に対し、この公共財産の適正な管理を信託しているのであつて、人類が自らの生存や種の保存を妨害する行為に対して、これを排除する権利が自然享有権である。

三  保全の必要性について

1  本件伐採計画が実行されるならば、債権者らが営む岩魚養魚場に導水されている小川沢及び巻ノ沢からの流水量の安定的供給がそこなわれるうえ、水質が変化し、濁り水となり、また流水温度の上昇がもたらされ、その結果、岩魚の養魚にとつて壊滅的な打撃を受けることは必至であつて、債権者らの小川沢及び巻ノ沢の流水に対する契約上または慣行上の水利権が侵害されるのみならず、環境破壊、自然破壊がもたらされ、住民としてブナ等原生林群生による自然享有権をも侵害されることは明白である。その理由を2以下に詳論する。

2  森林には、水資源の確保と増強(長期流出の平準化)、洪水軽減(短期流出の平準化)及び水質保全の働きがあると言われており、これらの働きを総称して、「森林の水源かん養機能」とされている。この機能の仕組みの概略は次のとおりである。すなわち、森林の地表に達した雨水は、地表に堆積している落葉層にまず吸収され、一部はそこから大気中に蒸発してゆき、降雨がさらに続くと地表面を水が流れるようになり、やがては渓流に注いで森林生態系の外に流出するが(これを「地表流出」という。)、地表流出を免れた残りの水は、土壌中に浸透して土壌水分となり、その一部は重力によつてさらに下層に移動して地下水となり、地下水は、上層の土壌が乾燥すると、毛管現象によつて上へ吸い上げられて土壌水分となる。土壌水分や地下水も、やがては渓流に出て流出するが(これをそれぞれ「中間流出」、「地下水流出」という。)、これらの水は、土壌中やさらに下層を移動するので、地表面を流れる地表流出よりその移動速度はかなり遅いうえ、森林土壌は、水の浸透性がよいので地表流出が少な目に抑えられ、土の中にしみ込んで大量に貯えられた水は、かなり時間が経過したのち地下水流出となつて徐々に流れ出す。このため、森林は、降雨時の水の流量のピークを抑えたりすることにより、降雨期の急激な増水を防ぎ、また、渇水時にも水を流すことにより、渇水期においても水枯れを防いで河川の水量を安定させるのに役立つとともに、流水による表面土壌侵食とその土砂流水によつてもたらされる水質汚濁を防いでくれるのである。ところで、降水が地中に浸透する程度を示す浸透能については、林地は、他の地被に比べて明らかに大きな値を示しており(東北地方の林地における測量によると、森林内の地表は一時間当り約二五〇ミリの浸透能を有しているという。)、林地の中では広葉樹天然林がやや大きく、広葉樹天然林の中ではブナ天然林が最大であり、因にその浸透能は一時間当り約二七〇ミリといわれている。

以上に述べたことは、樹木のない山地と樹木のある山地とを比較すると、一般に、降雨時、前者では地表流水が五五パーセント、地中貯留が五パーセント及び蒸発水が四〇パーセントであるのに対し、後者では、地表流水が一五パーセント、地中貯留が三五パーセント、枝葉貯留が二五パーセント及び蒸発水が二五パーセントであり、貯留率が前者で五パーセント、後者で六〇パーセントであるとされていることからも裏付けられるのである。

そして、ブナ天然林を伐採すれば、一時間当り約二七〇ミリの浸透能が、これを伐採した後に再生した二次林地ですら一時間当り約一五〇ミリと四五パーセントも低下し、皆伐跡地の軽度かく乱地でも約一二〇ミリと五五パーセントも低下するのであつて、かかる浸透能の低下により地中に浸透できない雨水は、地表流水として一時に濁水として沢に流出することになり、本来ブナ天然林では地中に浸透し、その後に地下水流出として徐々に流出して、渇水期においても河川の流出を維持すべき水が失われてしまうのみならず、ブナ林の葉からの蒸散による冷却効果も失われて、夏期における水温の上昇をもたらすのである。さらに、ブナ天然林の伐採は、ブナ林の遺伝子の宝庫といわれる機能を破壊し、将来役に立つかもしれない遺伝子を永久に失うことになる。

3  岩魚は、河川の最上流部の低温水の清流に棲む魚族であるところ、債権者らの営む岩魚養魚の形態は、ブナ等原生林が群生する本件伐採予定地区から発する自然の沢である小川沢―同様に、右群生地から発する巻ノ沢がこの小川沢に合流している―の下流で、その自然の流出をそのまま養魚場に導水して養魚を行つており、現在の小川沢の水温は、おおよそ冬場は摂氏三度、夏場は摂氏一五度ないし二〇度を保っている。

ところで、渇水期においては、巻ノ沢及び小川沢からの流水が債権者らの設置にかかる鋼製の堰を越えることはなく、流水は全量債権者らの岩魚養魚のために取水され、債権者らの経験によると、その取水量は、取水口A付近の水路において満水量の四分の三程度に減少するところ、渇水期における巻ノ沢と小川沢の流量の比は一対四程度であるから(債務者による昭和六二年一二月一四日の計測によると、小川沢の流量は毎秒一三〇・四八リツトル、巻ノ沢の流量は毎秒九・五九リツトルであり、債権者らの取水量は毎秒四八・〇リツトルとなつているが、右計測の時期は流量が豊富であるから、適切を欠き、渇水期を問題とすべきである。)、右取水量のうち二割の水量を、巻ノ沢の流水が占めていることとなる。このように、通常の渇水期でも、小川沢と巻ノ沢の水量が、水路の満水量の四分の三程度に減水するのみで水枯れせず、しかも流水の温度が夏場においても低温を保つているのは、水量の約二割を占める巻ノ沢の存在に負うところが大きく、結局、それはとりも直さず、本件伐採予定地区(特に巻ノ沢流域)のブナ等原生林の水源かん養機能が高いことによるもの、すなわち、巻ノ沢の水源地を守る豊かなブナ原生林が、その水源をかん養してくれるので、渇水期においても、巻ノ沢では地下水の流水があり、沢の流量の減少が少ないためなのである。

しかして、債権者らの岩魚養魚のためには、少くとも前記取水口A付近の水路の水量として満水量の三分の二が必要であり、それ以下の水量になれば、特に夏期の高温時には水量不足が水中の溶存酸素量の不足を招き、岩魚の死滅をもたらすのである。

4  債務者がこれまで過去において行つてきた伐採は、ナメコ用材のための足水中里集落への払い下げという慣行的な性格を有する小規模な伐採であり、昭和三三年以降昭和六一年までの二九年間における流域別伐採総面積も、巻ノ沢の流域が三・〇一ヘクタール、小川沢の流域が二一・三九ヘクタール(過去二九年間の巻ノ沢・小川沢両地区における一年間当りの平均伐採規模は合計〇・七九ヘクタールである)ところ、本件伐採計画によると、本件伐採計画の目的は、一般用材としての払い下げのためのもので、その伐採予定面積は九・二九ヘクタールと大規模で、過去の伐採とは質的・量的に非常に異なるものであり、流域別面積を検討すると、巻ノ沢の流域が八・五九ヘクタール、小川沢の流域が〇・七〇ヘクタールであつて、その大部分を巻ノ沢の流域が占めている。したがつて、本件伐採計画は、この巻ノ沢の水源となるべきブナ原生林を大幅に伐採して、その水源かん養機能を破壊的に失わしめるものであり、本件伐採計画が実施されるならば、巻ノ沢からの水量が激減し、通常の渇水期においても債権者らの営む岩魚養魚のための取水量が満水量の約六割程度にしかならず、水量不足による酸素不足をもたらし、沢水の水温を上昇させ(因に、小川沢の本流である足水川では、奥地におけるブナ原生林伐採のために夏場の水温が小川沢より摂氏三度ないし五度高くなつている。)、また水質汚濁を生ぜしめる結果、債権者らの岩魚養魚は壊滅的打撃を受けることになり、債権者らの損害の発生は明白である。

5  さらに、本件伐採計画によるブナ原生林の伐採は、ブナ林の天然更新をもたらさず、自然生態系を破壊し、債権者らが有する自然享有権を侵害することになる。

ブナ林の天然更新の条件は、残されたブナの一定量を一定の配列と、その周辺の地表にブナの生育をさまたげる植物相(本件現地で言えば熊笹)が存在しないことが必須であるところ、債務者の主張するように、一定量の種木を残すにしても、それが現地に適正(風向きを考慮し、山地の傾斜を考慮し、その密集度を考慮しているか)に配置されにいるのかどうかがまずもつて問題となるが、これは仮に解決しているとしても、現地における最大の問題は熊笹の存在である。この熊笹を刈り取り、地面管理を意識的にしない限り、仮にブナが芽を出し一定の生育を始めたとしても、結局それは熊笹の勢力に負けて、枯れるか、もしくは、やせた悪木となり、決して従前のブナ林のごとくには育たないことはこれまでの経験が教えている。

債務者は、天然更新が当然なるのだと主張しているようであるが、このような成功例はたまたま現地の地形や熊笹の枯れる周期のめぐり合わせが合致したか、あるいは、地面の下刈り等管理が意識的になされたかの場合でしかないのは経験の教えているところである。

いずれにせよ、債務者は、今回の伐採後、このような下刈、地面の管理を経費をかけてする計画を有していないのであるから、天然更新などというのは全く机上の主張でしかないというべきである。

6  なお、債務者は、小玉川イワナランドによる足水川本流での岩魚放流の事実をあげて、塩ビ管布設による足水川本流からの取水でも岩魚の養魚が可能であるかの如く主張するが、足水川本流の水温は夏期において摂氏二〇度を超えているのが常態で、しかもそれを養魚場といつたいわば水槽の中で養魚する場合においては、それよりも水温が上がり、岩魚が全滅してしまうのは必至である。

また、塩ビ管布設による導水を考えたとしても、取水口までに至れば当然水温が上昇し、岩魚の養魚に全く適さないのみならず、大水が出た場合など右塩ビ管が破壊されることも考えられるので、前記債務者の主張は机上の空論にすぎないというべきである。

四  結論

よつて、債権者らは、債務者に対し、契約上の水利権に基づく不作為請求権ないし妨害予防請求権を根拠として、あるいは、慣行水利権に基づく妨害予防請求権を根拠として、あるいは自然享有権を根拠として、本件伐採予定地区におけるブナ等原生林の伐採の差止めを求めうることができ、債権者らは、債務者を被告として、債務者の機関である小国営林署長が国有林野法に基づき管理、経営のために管轄する国有林百林内の別紙「伐採計画図」中赤枠で囲まれた「ぬ」及び「る10」各林小班に群生するブナ林等原生林を伐採することの差止めを求める本訴提起を準備中であるが、本案の判決を待つてはそれ以前に伐採されてしまうので、本仮処分申請に及んだ次第である。

(申請理由に対する認否及び債務者の主張)

一  当事者について

1  申請理由一、1の事実のうち、債権者祐一が肩書住所地において岩魚の養魚場を営んでいることは認めるが、その余の事実は争う。

2  同一、2の事実のうち、本件伐採予定地区の林況の点は争うが、その余の事実は認める。

二  被保全権利について

1(一)  同二、1の各事実のうち、債権者祐一が、債務者から債権者祐一主張の国有林一〇〇林班の一部である〇・〇一〇八ヘクタールの土地を本件取水口敷及び本件水路敷として貸付を受け、現在に至るまで右貸付が更新されていること、小川沢が、国有林野内の所在する河川法の適用も準用もされない普通河川であり、「山形県普通河川取締条例」の対象となつておらず、小国町も普通河川取締条例を制定していないことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

(二)  債務者の債権者祐一に対する本件貸付によつて、債権者祐一が、その主張するような契約上の水利権を取得する余地はない。その理由は次のとおりである。

(1) 本件貸付契約は、以下に述べるとおり、もつぱら水田の灌漑目的で小川沢の流水を利用するため、昭和五四年五月一四日に、債権者祐一、小嶋健寿及び佐藤祐吉の三名に対し、国有林野の一部を本件取水口敷及び本件水路敷として貸与したもの(以下「本件国有林野」という。)であつて、岩魚の養魚目的の流水利用は、本件貸付契約の合意内容に含まれていない。すなわち、本件貸付の申請に先立ち、本件国有林野を管理している小国営林署の当時の担当区主任は、債権者祐一からの岩魚の養魚用水の取水を目的とした小川沢の取水口敷及び水路敷を借り受けたい旨の申し出に対し、同営林署と相談のうえ、「岩魚の養魚のために国有林野を貸すことはできない。」旨明確に断り、岩魚の養魚のための水路敷貸付を承諾しなかつたところ、その後、債権者祐一から「水田灌漑用水路に貸して欲しい。」旨を改めて申し込まれたので、真実水田灌漑用の取水目的のために借り受けたいのかどうかを判断するため、「当該国有林を選定した理由」を書面で提出させるとともに、その借り受けたい目的が国有林野を貸し付ける条件に適合するかどうかを厳正に審査するため、貸付申請書のほかに各種の書面を提出させ、その結果、債務者の貸付担当者たる小国営林署長は、水田の灌漑用水の取水目的による貸付であれば、国有林野の管理経営上支障はないと判断し、本件貸付契約に応じたものである。なお、国有林野を貸付けする場合、借受人が設置する施設等に必要な面積、借受人が工事等のため掘削する面積及び将来における貸付地の管理、保安上の必要性を考慮して、一定の余幅を含めた面積を貸付けているものであるところ、本件貸付にかかる水路敷の幅を一メートルとしたのは、本件貸付地の傾斜が急なことから、四〇ないし五〇センチメートル幅の水路を設備するには、斜面の掘削幅はそれ以上になると判断したものであり、水量確保のため流水幅を広げたこともなく、小国営林署長が流水幅を広げるよう助言をしたこともない。また、本件貸付の申請書に「当該国有林を選定した理由」を記載した書面を添付させたのは、前記の理由によるものであつて、単に形式を整えるために添付させたものではないし、小国営林署においてそのような指示もしていない。

以上のとおり、本件貸付契約は、水田の灌漑用水を取水する目的で、その取水口敷と水路敷を貸し付けたものであつて、岩魚の養魚用水の取水を目的とするものではないのであるから、本件貸付契約には、岩魚の養魚用水の取水を妨害しないとの合意は含まれていない。

勿論、本件貸付契約には、債務者が債権者祐一ほか二名による灌漑用水の取水を妨害しない旨の合意が含まれていたことは否定し得ないところであるが、右黙示の合意は、債務者が債権者祐一ほか二名による灌漑用水の取水を妨害しない旨の不作為債務を発生させるにとどまり、小川沢の流水そのものに対する権利(物権としての水利権)を設定するものではない。

(2) 次に、営林署長は、以下に詳論するとおり、国有林野内に所在する普通河川の流水について水利権を設定する権限を有しないから、債務者がなした本件貸付契約に、小川沢の流水に水利権を設定する旨の合意が含まれていると解する余地はない。すなわち、先ず、河川法の適用のない普通河川の管理は、財産の適正管理を目的としてなされる財産管理と、その対象の所有権の帰属を問わないで公共用物としての機能維持を目的としてなされる機能管理とに分かれ、国有財産に対する財産管理は、国有財産法、国有林野法等に基づき国の機関がこれを行うものとされているところ(国有財産法一条、二条等)、普通河川は河川敷地と流水によつて構成され、国有の河川敷地については後述のとおり国の機関が財産管理を行つているが、河川の流水は、絶えず流動するものであり、これを流水の状態で特定し財産的支配を及ぼすことは不可能であるため、河川の流水自体を私権の目的とすることはできないとされているが故に、普通河川の流水が国の財産管理の対象となる余地はない。他方、普通河川の機能管理は、当然流水の管理を含むものであつて、地方公共団体の固有事務とされており(地方自治法二条二項、三項二号)、国または国の機関がこれを行うべきであるとした規定は存在しない。

そこで次に、普通河川の河川敷が国有林野以外の国有地である場合と、国有林野である場合とに分けて、河川の管理権の帰属を検討すると、前者の場合は、その敷地は国有財産法三条二項二号の公共用財産(いわゆる法定外公共物)に属し、その管理は建設省設置法(昭和二三年法律一一三号)三条七号により建設大臣の権限に属し、その個々の河川敷の財産管理は、建設省所管国有財産取扱規則(昭和三〇年建設省訓令一号)三条一項に基づき、建設大臣の部局の長としての都道府県知事(知事は、市町村長に再委任することができる。)が処理しているものであるところ、普通河川の公水管理を含む機能管理すなわち、河川が公共用物として円滑に機能すべく、その維持、修繕等することについては、地方自治法二条二項、三項二号による地方公共団体の固有の事務として、同条四項により原則として市町村が管理をするとの見解と、地方公共団体の定めた普通河川管理条例がない限り、管理者はないとの見解がある。他方、後者の場合には、企業用財産である国有林野自体の管理は、農林水産省設置法(昭和二四年法律一五三号)三条一〇号により農林水産大臣の権限に属し、その個々の国有林野に関する事務は、農林水産省所管国有財産取扱規則(昭和三四年農林省訓令二一号)二条一項に基づき農林水産大臣の部局の長としての営林局長(同条四項に基づき営林局長は、営林署長に分掌させている。)が処理しているところ、国有林野内の河川敷地の所管の帰属については、従来統一的解釈がなかつたが、第八七国会中の昭和五四年五月二八日開催の参議院決算委員会において表明された政府の統一見解及びこれに基づく同年七月一九日の林野庁長官通達によつて、国有林野内の河川法が適用される河川の河川敷地は、原則として企業財産であることが明確にされたことにより、国有林野内の普通河川の敷地についても右政府統一見解及び林野庁長官通達の取扱いに準ずると解される結果、国有林野内の普通河川の敷地は、企業用財産であり、その財産管理者は営林署長であるということができる。

しかしながら、企業用財産の管理者としての営林署長には流水についての管理権がないことは既述のとおりである。また、後者の場合における普通河川の公水管理を含む機能管理についてみると、地方公共団体が普通河川管理条例を定めている普通河川については、当該地方公共団体が(河川法上の)河川管理者のすべき管理(例えば、水利権の特許)を行うことは当然であり、地方公共団体が普通河川管理条例を定めていない普通河川(全国の国有林野内に無数に存在するいわゆる「渓流」の大部分が該当すると思われる。)については、前述の条例必要説によれば機能管理者は不在となるから、流水の占有は、別段の許可等の手続を必要とせず、自由使用に供されることになり、条例不要説によれば市町村が機能管理者となる。以上述べたとおり、営林署長は、国有財産(企業用財産)としての河川敷地の財産管理権を有するものの、それは河川(流水)そのものには及ばず、その機能管理権も有しないのであるから、普通河川については、営林署長に河川法に定める物権たる水利権を特許する権限がないことは、法律上明らかである。

2(一)  同二、2の主張事実はすべて争う。

(二)  慣行上の水利権は、法例二条に基づく習慣法上の水利権であり、その成立のためには、事実的な水利用が長期にわたつて反復継続されるとともに、その水利用の正当性に対する社会的承認を獲得することが必要であると解されるところ、先ず、水利用の反復継続期間の要件については少なくとも二〇年以上にわたつて水利用が反復継続されることが要求されており、また、水利用の社会的承認を獲得しているか否かを判断するための基準としては、一般的に水利施設の設置・維持管理・補修の責任の有無、それらのための費用負担・労働負担の有無が重要な要素とされており、さらに、強行法規、条理又は公序良俗に反する水利用については、その正当性につき社会的承認が得られないとされる。ところで、水利権は、所有権のような流水に対する抽象的包括的な支配権ではなく、一定の水量を特定の目的のために使用する内容をもつ支配権であつて、水量の点から制限されるのは勿論、使用目的の点からも制限され、かんがい用、雑用、工業用等の具体的な各使用目的に応じて個々別々の権利として成立するものと解されるから、右に述べた慣行上の水利権の成立要件の充足の有無も、当然流水の使用目的ごとすなわち個々の水利権ごとに判断されるべきである。

しかして、債権者らの小川沢及び巻ノ沢の各流水使用は、次に述べるとおり、いまだ前記二つの要件を充足しておらず、河川の流水の自由使用の範囲にとどまつているものである。

(1) 小川沢の流水使用について

債権者祐一は、本件貸付契約に基づき佐藤祐吉及び小嶋健寿と共同で、小川沢からの取水のための取水口及び水路を設置・管理しているが、同人らは、本件取水口敷及び本件水路敷が国有地であることから、その管理権者である債務者からその貸付けを受けているところ、その貸付が、もつぱら水田灌漑目的のために小川沢の流水を利用するため、国有林の一部を取水口敷及び水路敷として貸与したものであり、岩魚の養魚目的の流水利用を含まないことは、前記1、(二)の(1)で述べたとおりである。もつとも、小国営林署長において、債権者らが、国有林野内の小川沢の取水口及び水路から水田のかんがい用水として導水された水を、水田の灌漑に利用するだけでなく、パイプで債権者らの養魚場へ導水している事実をある程度知りつつ本件貸付契約の更新をしてきているのは事実であるが、これは、水田の灌漑用水に用いたあとのいわば余水を、公共用物たる河川を一般公衆が自由に使用するという一般使用と同様の使用関係の下で使用しているにすぎないものであることから、特段問題とするに値しないと判断して放置したものであり、このことをもつて、更新後の貸付において、岩魚の養魚用の水利用を目的として認めたものとみなすことはできない。これに加えて、前記取水口及び水路の維持・管理は、債権者祐一を含み前記三名の共同でなされており、かつ、三者ともそれによつて小川沢から引水された流水を水田の灌漑目的で現に利用しているのであるから、その余水が、取水口及び水路の設置・管理に全く関与していない債権者幸夫を含む債権者両名によつて岩魚養魚によつて利用された(佐藤祐吉及び小嶋健寿は水田灌漑用に利用しているのみである。)からといつて、右取水口及び水路が、岩魚の養魚目的での流水利用のために設置・管理されているということはできず、それはもつぱら水田灌漑目的での流水利用のために設置・管理されているものであることに変りはないのである。

そうすると、流水利用の正当性に対する社会的承認に関する前記判断基準に照らす限り、債権者らによる岩魚の養魚目的での小川沢の流水利用は、とうていその正当性に対する社会的承認を得たものということができない。

仮に、小国営林署長において、債権者らが岩魚の養魚目的に小川沢から引水した流水を利用していたことをある程度知りながら本件貸付契約の更新を行つたことが、単なる流水の自由使用の承認に止らず、債権者ら主張にかかる慣行上の水利権の成立につながるとすれば、それは後述するように、小川沢の水質、水温等に影響を与えるような国有林の伐採を事実上不可能にし、その経営に重大な支障を来すことが明らかであるから、結果的に、国有林の一部をその用途又は目的の妨げとなるのに債権者祐一ほか二名に貸し付けたこととなつて、債権者らによる岩魚の養魚目的での小川沢の流水の使用は、強行法規である国有林野法七条に反する行為を媒介とするものといわなければならないが、このような違法行為を媒介とした流水使用の正当性が社会的に承認されているとはおよそ考え難いところである。

次に、流水利用期間の点についてみると、債権者らの主張によつても、債権者らが岩魚の養魚目的で小川沢の流水を利用し始めたのは、早くとも昭和五二年春であつて、その流水利用期間はせいぜい一〇年にすぎないし、債務者から本件貸付を受けた日を基準とすれば、一〇年に満たないのであるから、前述の水利用の反復継続期間の基準に照らしても、岩魚の養魚を目的とする慣行上の水利権が、その成立要件を充足していないのは明らかというべきである。

(2) 巻ノ沢の流水使用について

債権者らが巻ノ沢の流れを岩魚の養魚用に使用することになつたのは、債権者らの主張によつても昭和五〇年ころからであり、しかも、巻ノ沢については、冬期間は取水されておらず、債務者による巻ノ沢からの取水口敷及び水路敷の貸付けなども行なわれていないから、前記慣行上の水利権の成立要件に照して、巻ノ沢の流水につき債権者らの慣行上の水利権が成立する余地のないことは明らかである。

3(一)  同二、3の主張事実は争う。

(二)  債権者らが主張する、「国民の一員として、生命あるいは人間らしい生活を維持するために不可欠な自然の恵沢を享受する権利(自然享有権)」の概念は、判然としないが、自然享有権を包摂すると考えられる環境権については、名古屋新幹線訴訟第一審判決(名古屋地裁昭和五五年九月一一日判決)は、「環境権は、その基盤たる各個人の権利の対象となる環境の範囲が明らかでなく、したがつて、その侵害の意義、更には利権者の範囲も限定し難く、ひつきよう、差止めの法的根拠としての私権性を肯認することは困難である。環境権は憲法一三条、二五条などに依拠して成立しうるとしても、これらの規定は、憲法上の綱領的性格を有する権利にとどまり、私法上の具体的権利をもつて目し難いのであるから、このような環境権は本件差止めの法的根拠とはなし難いものといわねばならない。」としており、また、伊達環境権訴訟(札幌地裁昭和五五年一〇月一四日判決)もほぼ同旨を判示するなど、判例はその権利性を認めていないことからみて、権利の対象の不明確な自然享有権についても、これを本件ブナ林伐採の差止めを求める仮処分申請の法的根拠とは到底なし得ないものというべきである。

三  保全の必要性について

1  同三、1ないし5の事実はすべて争う。

2  本件伐採計画が実施されても、債権者らが主張するように、債権者らの営む養魚場に導引されている流水の量の安定的供給の維持が破壊され、水質が変化し、にごり水となり、また流水温度の上昇がもたらされ、岩魚の養魚が壊滅的打撃をうけるというおそれは全く考えられない。

以下詳論する。

(一) 森林は、河川の流量調節機能、流水の温度調節機能、濁水防止機能等の水源かん養機能を有すると一般的に認められているが、森林は、ある広がりを持つた土地に生育する立木等の集団でもあり、これを取りまく気象、地質、地形、土壌等の様々な環境因子と相互に関連し合つて成立しており、その機能も当然のことながら多様性を持つていると考えられ、そのおのおのの機能について、(債権者ら主張の如く)画一的に言及できるものではない。たとえば、森林の流量調節機能ひとつ取り上げても、そのコントロール機能の対象たる表面流出の過程を他の多くの自然科学研究の分野で採用されている数字を用いた公式のような形で表わすことは厳密にはできず、特定流域の水収支を知るためには、長年月の観察による以外に方法はなく、しかも、このような観測を行つても森林の存否がどのように関与しているかを明らかにすることは困難である。

(二) ところで、先ず、本件伐採計画における伐採の方法は、「る10」小班においては、若木を育てるための種木(胸高直径(地際から一二〇センチメートルの位置の直径)三〇センチメートル程度以上のものでブナ等の種子を林地に落として次代のブナ等を生やすもの)となる木を残して伐採し、胸高直径二六センチメートル未満の中小径木も残す保残伐を、「ぬ」小班においては、林内の成熟木を数年から数十年ごとに計画的に繰り返し抜き伐りする択伐(伐採率は三〇パーセント以下)をそれぞれ予定している。その結果、保残伐区域である「る10」小班(面積六・二五ヘクタール)については、胸高直径二六センチメートル以上のブナ等七〇九本のうち、七二パーセントに当る五一四本を伐採し、一九五本を種木として残したうえ、胸高直径二四センチメートル以下のすべての中小径木も残すところから、小国営林署管内の立木の状況から判断して約八二〇本ないし二〇七〇本程度も残すことになるし、また択伐地域である「ぬ」小班(面積三・〇四ヘクタール)については、胸高直径二六センチメートル以上のブナ等四三七本のうち、一五パーセントにすぎない六四本を伐採し、三七三本を立木として残すとともに、胸高二四センチメートル以下の中小径木もすべて残すところから、右同様小国営林署管内の立木の状況から判断して約六八〇本から一二九〇本程度も残すことになる。

さらに、伐木の搬出方法については、沢敷の利用による水の汚濁などへの影響等きめ細かな配慮をして、架線集材(ワイヤーに滑車を付けて、伐倒木を吊つて道端まで運び材を集める)で、伐採予定箇所の北方にある国有林の貸付地(草地造成敷)まで材を引き上げて搬出する予定であり、沢敷を利用した搬出はしない。

以上のとおり、本件伐採計画によれば、伐採予定区域である「る10」小班及び「ぬ」小班のすべての立ち木を伐採して裸地化するものではなく、多くの立ち木が残されるのであるから、本件伐採計画の実行により、小川沢及び巻ノ沢の各流水の水量、水温に著しい変化がもたらされるものとはとうてい考えられないし、伐木の搬出も沢敷を利用しないので、水質の泊濁も考えられないところである。

なお、小国営林署は、債権者らが岩魚の養魚を始めたと主張する相当以前から一〇〇林班の国有林を伐採するなどしており、また、現に昭和五二年から今日に至るまで、債権者らが取り付けた取水口A(債権者祐一らは、小川沢と巻ノ沢合流箇所から下流一二・八メートル地点において鉄骨で流水を堰止め、上流から下流に向つて右側にコンクリート製の取水口Aを設け、水田灌漑用水として約三五〇メートルの水路(そのうち国有林貸付は一〇四メートル)を導水して利用している。)の上流域ですべての木を伐るという皆伐を一・三二ヘクタール行つたが、これまでに、流水への影響は生じたことがなく、何ら問題は生じていない。

(三) 次に、小国営林署長轄の国有林一〇〇林班の地況は、面積約二五五ヘクタール、標高二〇〇メートルないし七五〇メートル、方位一般に東向き、基岩は強固な岩盤と考えられ、傾斜度は中(一五度ないし二九度)ないし急(三〇度以上)であつて、小川沢及びその支流巻ノ沢の流路位置は、別紙「巻ノ沢及び小川沢の流路位置図」記載のとおり、一〇〇林班の中央に巻ノ沢が注ぐ小川沢があり、その流水は東に流れて一級河川である足水川に注いでいるところ、小川沢、巻ノ沢への降水・融雪水の流入は、一〇〇林班の地況が右の如く強固な岩盤と考えられるため、大部分の水は分水嶺を境にそれぞれ巻ノ沢あるいは小川沢へと流れるものと考えられるが、本件伐採予定地区である「る10」小班及び「ぬ」小班の大部分は、分水嶺の北側すなわち巻ノ沢の側に位置しており、流水量を比較すると、林業試験場東北支場による昭和六二年一二月一四日の流量測定結果によれば、小川沢の取水口Aの上流における流水量は毎分七・八二八八トン(右同日一五時三〇分における取水口Aの上流三七・八メートル地点の区間内流量は毎秒一三〇・四八リツトルであるが、一リツトルは一キログラムの重量と考えられるので、右区間流量を一分間における流量の重量(単位トン)で表わすと、130.48×60÷1000=7.8288(t)ということになる。)、巻ノ沢の水量は毎分〇・五七五七トンであつて、小川沢の流量に比較し、巻ノ沢のそれは約一三分の一にすぎない。そのため、債権者らの設置にかかる取水口Aまでの流水状況は、巻ノ沢からの流れは小川沢の流れの一部として左岸を流れ、堰止めした鋼製堰の方向に流下し、ほとんどの水が鋼製堰を落下しているのであつて、鋼製堰の右岸に設けてある取水口Aに流れ込む水量は、ほとんどが小川沢の流水であり、巻ノ沢の流れはごく一部にすぎないのである。のみならず、債権者らによる岩魚養魚のための必要水量をみると、先ず、冬期間は、巻ノ沢からは取水されておらず、小川沢から別紙「水路略図」記載の水路及び給水パイプを通しての取水に限られるところ、昭和六二年一二月一四日現在において、債権者らの養魚場は毎分一・五一トンしか取水しておらず、夏期には水温が上昇することから冬期間より多量の水を必要とするとしても、冬期間の約一・二五倍すなわち毎分一・八八七五トン程度で足ると考えられる。そして、前述のとおり、昭和六二年一二月一四日現在における小川沢の取水口Aの上流の流水量は、毎分七・八二八八トンであるが、流水量の変動が小川沢と大差ないと認められる他の河川の一二月期と八月の渇水期とを対比すると、昭和六〇年を除き(資料がない)、八月期は一二月期の約三〇パーセント以上(三〇パーセント以上というのは過去九年に一回のみであり、その他の年は六〇パーセントないし一七一パーセントである。)であるから、小川沢の流量は、八月期においても少くとも毎分約二・三トン以上であるということができ、また、巻ノ沢の流量は、前述のとおり、一二月期で毎分〇・五七五七トンであつて、八月期にこれより少なくなることを考えると、巻ノ沢からの取水の有無が、債権者らの岩魚の養魚に決定的影響を与えることはないといわざるを得ない。

してみると、仮に、本件伐採計画の実施により、巻ノ沢の流水に多少の変化が生ずるとしても、債権者らが岩魚の養魚のために利用している用水にはほとんど影響がないというべきである。

3  さらに、債権者らと同じ足水地区で岩魚の養魚を行つている小玉川イワナランドは、足水川本流に毎年岩魚を放流しており、足水川の流水によつても岩魚の生息が可能であり、しかも、足水川本流から債権者らの養魚場への自然の流力による引水も容易である。また、債権者らは、昭和五八年に足水川本流から引水した実績もあり、小国町の援助により電動式ポンプを設置している。

したがつて、債権者らは、自らのわずかな負担により本件伐採計画の影響を全く受けない足水川流水を養魚場にポンプアツプして引水することができるのである。

4  以上のとおりであつて、本件伐採計画の実施により、債権者らの岩魚養魚に悪影響が生ずることはほとんどなく、万一影響が生じうるとしても、債権者らの養魚に通常予測される負担の範囲内で、これを完全に防止できるものであるから、本件保全の必要性は存しない。

一方、国有林経営の使命の一つに林産物の計画的、持続的な供給があげられ、ブナ等広葉樹の供給についても、この使命を果たすべく広葉樹資源の充実に努めるとともに、地域の需要動向に応じて、毎年度計画的に実施する必要があるところ、かかる観点から、小国営林署所轄の広葉樹の伐採についても、山形南部地域施業計画区第四次地域施業計画で、昭和六〇年度から昭和六九年度までの一〇か年の計画を樹立し、伐採量等を定めて実施することとしている。そして、本件伐採計画に当つては、この地域施業計画に基づき当年度の業務計画(販売計画)を立てて実施しているところであり、本件伐採予定地区については早急に立木販売(立ち木の販売)の契約を行う必要がある。

四  同四の主張は争う。

なお、債務者は、小国営林署職員その他国の機関をして直接立木を伐採することを計画しているものでなく、立木のまま第三者に売却する(したがつて、伐採は立木の買主が行う)こととしているのであるから、債権者らの本件仮処分申請の趣旨は、債務者の右伐採計画を誤解したものであり、この点ですでに失当である。

(抗弁―債権者祐一の「契約上の水利権」の主張に対し)

国有林野法七条は、一定の場合に、その用途又は目的を妨げない限度で国有林野を貸し付けることができる旨規定しているが、これは行政財産の貸付けを禁じている国有財産法一八条一項の例外として設けられたものであり、国有林野法七条一項に規定する要件に該当しない貸付契約は無効となるものと解されている。この要件の一つとして、「その用途又は目的を妨げない限度において」という要件があるが(同法七条一項本文)、これに該当するかどうかの判断に当たつては、同法二条一号の規定からみて、貸付地を含む一つの施業単位(通常は林班単位)の国有林野全体において森林経営を適切に行つていけるかどうかを基準として判断すべきものと考えられる。

そうすると、仮に、本件貸付契約により、小川沢の流水を岩魚の養魚用水として排他的に利用する水利権までをも認めたものであるとすると、債権者ら主張のように小川沢上流のブナ林の伐採により流水の水温上昇等がもたらされ、岩魚の養魚業に壊滅的な影響が生じることが因果関係からみて明らかである場合(なお、債権者ら主張の被害の生じないことは前述のとおりである。)には、契約の相手方は、排他性を有する水利権を根拠として、当該ブナ林の伐採に異議を述べ得ることとなるが、これは、本件伐採計画に基づく伐採を事実上、不可能にし、結局国有林野の用途又は目的である森林経営を行えなくするものであり、このような貸付契約は国有林野法七条に反し、無効であるといわざるをえない。

(抗弁に対する認否及び債権者祐一の主張)

抗弁事実は争う。

国有林野法二条一号の森林経営の用に供し、又は供するものと決定された森林原野といえども、木材資源としてのみ考えるべきではなく、環境資源としても重視されなければならない。従つて、伐採計画遂行にあたつての便宜のみをもつて、同法七条の右要件の判断をすべきではない。森林経営の適切な運営というときは、環境資源としてどう生かしていくかも考慮すべきである。

小川沢の沢水を利用した債権者らの岩魚養魚の成功は画期的なことであり、小国町としても岩魚養魚を地元の産業として注目しているとのことである。また、近時、小国町議会では、小国町の自然を生かした体験学習センターの構想が正式にとりあげられている。森林経営は、こうした地域住民の意向をも尊重しながら、多面的に検討されるべきである。

特に、本件で債権者らが求めている範囲の伐採ができなくなつたとしても、その面積の点では小国営林署として、森林経営が直ちに成り立たなくなるわけではないはずである。

従つて、債務者が債権者らの岩魚養魚目的の水利権を承諾し、本件貸付契約をしたことが、国有林野法第七条に違反するものとはいえないというべきである。

理由

第一当事者及び本件伐採計画の概要

一  債権者祐一が、肩書住所地において岩魚の養魚場を営んでいることは当事者間に争いがなく、右事実に<証拠略>を総合すると、債権者祐一は、肩書住所地及びその周辺に一〇筆の土地を所有し、昭和五二年春以来、同所において実弟の債権者幸夫との共同経営により岩魚、ヤマメの養魚場、釣り堀及び飲食店を営んでいるほか、単独でなめこの缶詰業をも営んでいること、右岩魚等の養魚池、釣り堀、食堂などの配置関係は、別紙「養魚場配置図」記載のとおりであり、債権者祐一の居宅内の一部分に採卵、孵化施設を、居宅西側の敷地に採卵用養魚池を、北側の敷地に沈澱水槽、稚魚及び成魚の養魚池をそれぞれ設置しているところ、養魚池の面積は約五〇坪、併設の釣り堀の面積は約三〇〇坪であつて、岩魚の自家採卵も行つており、現在同所で生育している岩魚の魚体数は約三万匹ないし五万匹、年間の岩魚の出荷量は約二トン、金額にして約金四〇〇万円の実績となつていること、債権者幸夫は、前述のとおり債権者祐一とともに岩魚の養魚場を営んでいるほか、その肩書住所地において、昭和五七年五月以来、「岩魚センター渓流亭」の屋号で、岩魚・山菜・きのこの料理店を経営し、そこで料理に供される岩魚は、前記養魚場から入荷されており、その入荷量は年間約一・四トンの実績にあること、そして、債権者らは、別紙「巻ノ沢及び小川沢の流路位置図」に表示のとおりの位置の国有林野内に所在する巻ノ沢上流及び小川沢の双方の流水(沢水)を、別紙「水路略図」記載のとおりの経路により前記養魚池に導水し、これを利用して岩魚の養魚を行つていること、以上の事実が一応認められる。

二  申請理由一、2の事実は、本件伐採予定地区の林況の点を除いて争いがなく、右争いのない事実に<証拠略>を総合すると、(1)債務者の機関である小国営林署長は、その営林署管轄の国有林野の管理経営等をつかさどるものであり、国有林野の産物売払規定に基づき、その管轄下にある国有林野事業特別会計の管理に属する林産物の売払い権限を有するところ、同営林署長は、右産物売払規程に基づき、その管理、経営のために管轄する山形県西置賜郡小国町大字市野沢外四字大平外五国有林小国事業区百林班(以下「国有林百林班」という。)内の別紙伐採計画図中赤枠で囲まれた「ぬ」及び「る10」の各小班(「本件伐採予定地区」)に群生するブナ等原生林を第三者に売払い、伐採させようとしていること(「本件伐採計画」)、(2)本件伐採予定地区と債権者らの岩魚養魚場との位置関係は、別紙「伐採地と養魚場の位置関係図」に記載のとおりであつて、国有林百林班は、小国営林署から南西約六キロメートルに位置し、債権者祐一の居住する小国町大字足水中里所在の足水中里集落の西方にあること、(3)国有林百林班の林況は、人工林及び天然林によつて構成され、人工林は、昭和三〇年代から昭和五〇年代にかけてスギが植栽されたもので、普通の生育状況を示しており、天然林は、ブナ、ミズナラ、トチ、ホオノキ、イタヤカエデ等が混生し、そのうちブナの占める割合は材積で約四五パーセントであり、林床には、ヤブツバキ、クロモジ等が繁茂していること、なお、本件伐採予定地区である「ぬ」小班及び「る10」小班はいずれも天然林であること、(4)本件伐採計画は、秋田営林局長の樹立にかかる山形南部地域施業計画区第四次地域施業計画(計画期間は昭和六〇年度から昭和六九年度まで)に基づき昭和六二年度の業務計画(販売計画)により実施するものであり、これによれば、本件伐採計画の伐採規模及び方法は次のとおりであること、すなわち、(イ)「る10」小班(総面積六・二五ヘクタール)においては、天然林で若木を育てるための種木(胸高直径三〇センチメートル程度以上のもの)となる木及び胸高直径二四センチメートル以下の中小径木を残して伐採する方法である保残伐方式を採用し、胸高直径二六センチメートル以上の樹木合計七〇九本のうち、五一四本を伐採し、一九五本を残す予定であるところ、その内訳は、右伐採木五一四本のうち、ブナ二四五本、ナラ四三本、イタヤカエデ七四本、トチノキ七三本等となつており、右保残木一九五本は、ブナ一六五本、ナラ二二本等となつていること、(ロ)「ぬ」小班(総面積三・〇四ヘクタール)においては、林内の成熟木を数年から数一〇年毎に計画的に繰り返し抜き伐りする方法である択伐方式を採用し、胸高直径二六センチメートル以上の樹木合計四三七本のうち、その約一五パーセントにあたる六四本を伐採し、三七三本を残す予定であるところ、その内訳は、右伐採木六四本のうち、ブナが六一本であり、右保残木三七三本のうち、ブナが三三五本、イタヤカエデが三八本となつていること、以上の事実が一応認められる。

第二被保全権利について

一  債権者祐一主張の小川沢の流水に対する契約上の水利権について

1  債権者祐一が、債務者から、国有林百林班「い」小班内に所在する小川沢からの導水取入れ口の敷地(別紙「水路略図」中に「取水口A」と表示された箇所の土地部分)(「本件取水口敷」)及び同所から養魚場に至る水路敷の一部(別紙略図中の「取水口A」から「コン46号」と表示された箇所までの区間の土地部分)(「本件水路敷」)合計〇・〇一〇八ヘクタールの貸付を受け、現在に至るまで右貸付が更新されていることは、当事者間に争いがなく、右事実に、<証拠略>を総合すると、債務者は、昭和五四年五月一四日、債権者祐一、佐藤祐吉及び小嶋健寿の三名(いずれも、小国町大字足水中里に居住するものである。)との間に、国有林百林班「い」小班内に所在する本件取水口敷〇・〇〇〇六ヘクタール及び本件水路敷〇・〇一〇二ヘクタールの以上合計〇・〇一〇八ヘクタールの国有林野(「本件国有林野」)を、貸付期間は右同日から昭和五七年三月三一日まで、料金は一ヘクタール当り年額金六四九四円の定めで貸付ける旨の本件貸付契約を締結し、昭和五四年五月二五日その引渡しをしたこと、その後、本件貸付契約は、昭和五七年四月一日、昭和六〇年四月一日の二回に亘つて更新され、現在に至つていること、債権者らは、本件国有林野の引渡しを受けたのち、小川沢と巻ノ沢の合流箇所から約一二・八メートル東方の本件取水口敷に、高さ三・六メートル・巾五・六メートルの鋼製堰を設置して流水を堰止め、その脇に深さ〇・五メートル・巾〇・五メートルのコンクリート製取水口(「取水口A」)を設けて、巻ノ沢及び小川沢の合流した流水を取水したうえ、これを、本件水路敷及び債権者祐一の所有地内に設置したコンクリート製U字溝による水路並びに小川沢を跨ぐ形で設けた径二〇〇ミリメートルのビニールパイプにより、債権者らの養魚場へと導水していること、以上の事実が一応認められる。

2  ところで、債権者祐一は、同債権者が債務者の貸付担当者である小国営林署長に対して、本件貸付を申し込むに当たり、それが岩魚の養魚を目的として、小川沢の流水を債権者らの養魚場に導水するためであることを明示し、これに対し、同営業署長は、債権者らによる岩魚の養魚計画に積極的に賛同して、本件貸付を承諾したとの事実、さらには、同営林署長が債権者祐一に対し、「岩魚の養魚に必要な水量を確保するためには、水路敷をもつと広く借りた方がよい」旨の助言を与えたとの事実を前提に、本件貸付契約中の債権者祐一と債務者との間の合意には、債権者祐一において小川沢の流水をその自然のままの状態で、岩魚の養魚目的のために継続的、独占的、排他的に利用するについての合意も含まれていた旨を主張し、<証拠略>の債権者ら作成にかかる陳述書中には債権者祐一の右主張事実に添う記載がある。そして、右陳述書の記載によれば、その要旨は大略「昭和五三年夏ころ、債権者幸夫が小国営林署(以下「営林署」という。)に赴き、「債権者幸夫は、債権者祐一と共同で、足水中里で岩魚の養魚をしており、今後岩魚の量産に踏み切りたいが、巻ノ沢と小川沢の水を毎分五トン使用することになり、夏場はほぼ小川沢の水の全量を使うこととなるので、水路の工事をして半永久的なものにしたい。国有林野を正式に岩魚の養魚目的で借りられるのか。」と尋ねたところ、営林署側は、「岩魚の養魚目的の貸付は可能だが、はたして岩魚の養魚は可能か。」と尋ねたので、債権者幸夫が説明したところ、営林署側は納得し、「岩魚の養魚のために貸付できる。」と言つて、債権者らの計画に賛同した。債権者幸夫は、この時、「小川沢の水源地は伐採されていないから、あそこの沢水は冷たくて岩魚の養魚に適している……」「岩魚は敏感な魚だから、万一小川沢と巻ノ沢の上流で何かあるときは、真先に債権者幸夫に知らせてくれ。」と言つた。その後、債権者幸夫が借り受けの手続のために営林署に赴いたところ、営林署側は、はじめから好意的で「国有林野を岩魚の養魚目的で貸す。」ということであつた。昭和五三年秋ころ、本件貸付申請に添付する測量図面の測量を、当時営林署の玉川担当区主任の佐藤二男に依頼して行つたが、その際、右佐藤から、「岩魚の量産化というのは大したことだ。水路の巾をもつと広く借りた方がよい。」旨の助言があつたので、そのようにした。」というのである。

3  しかしながら、<証拠略>の前記記載内容はにわかに信用することはできない。その理由は以下に述べるとおりである。

(一) 疎明資料によれば、次の事実を一応認めることができる。すなわち、(1)本件貸付契約の締結の際に債権者祐一から小国営林署長へ差入れられた「請書」(<証拠略>)の第一条には「借受(使用)地を申請の目的に従つて使用すること」との条項が、特約条項の第一項には「借受人又は使用者は、当該林野の貸付け又は使用の申請書に添付した計画書に定めるとおりの用途に自ら供さなければならない。」との条項がそれぞれ明記されていること、(2)債権者祐一は、本件貸付けの申請に先立つ昭和五四年二月二六日ころ、本件国有林野を選定した理由を記載した書面を小国営林署長に差し入れているところ、これによれば、「昭和四二年八月二八日の羽越水害以前は、小川沢に木工堰を設けて用水として水田に灌漑をしていたところ、右水害により堰が全壊し、用水路も一部欠壊して復旧することができなかつたため、水田のそばにエンジン付揚水機を取り付けて小川沢の水を汲み上げ、これに雪どけ水とを合わせて水田の灌漑用水としていたが、ポンプも老朽化して揚水が困難なことや、積雪が少ないと雪どけ水もあてにできないことから水田の作付が困難であり、また、揚水機の燃料費もかさむので、堰による自然水が灌漑用水として最良である。」というのであつて、本件国有林野の貸付を受ける目的が、小川沢から水田の灌漑用水を引くためであることが明確にされていること、(3)債権者祐一から小国営林署長宛に提出されている本件国有林野に関する昭和五四年四月一七日付「国有林野新規貸付申請書」には、債権者祐一、佐藤祐吉及び小嶋健寿の三名が、本件国有林野についての貸付契約その他に関する一切の権限を債権者祐一に委任する旨の委任状が添付されているところ、右三名は、別紙「水路略図」に表示の位置にそれぞれ水田を所有しており、しかも、佐藤祐吉及び小嶋健寿の両名は、自ら岩魚の養魚を行つておらず、債権者らの岩魚養魚事業にも全く関与していないこと、さらに、前記申請書には、本件国有林野に設置する予定の堰及び水路の資金計画書(これによると材料費は金三〇万円である。)、「足水中里小川沢灌漑用水路工事」と表示された設計書、「足水中里かんがい用水路工事工程表」と表示された水路工事の工程表が添付されており、右資金計画書及び設計書の作成名義は、いずれも「足水中里地区小川沢かんがい用水利用組合」代表者債権者祐一となつていること、(4)小国営林署長は、債権者祐一の本件貸付の申請を受け、同年四月二〇日、小国営林署玉川担当区主任の農林水産技官佐藤二男(以下「佐藤技官」という。)に対し、本件貸付の申請の実地を調査するよう実査命令を出し、佐藤技官は、同月二三日、右調査の結果に基づき、「申請人は、申請書に添付の位置に水田を有しており、従来この水田のかんがい用水は、揚水ポンプにたより、小川沢より揚水していたが、揚水機が老朽化し、又、小川沢本流以外からの取水が困難であるため申請に及んだものであり、用途・期間・面積とも適当である。」旨を記載した「国有林野新規貸付調査書」を同営林署長に提出していること、(5)小国営林署では、同年五月四日、同営林署の庶務課長外二名から署長宛に、本件国有林野の新規貸付申請につき、「本件は、債権者祐一より、共同で小川沢から取水し水田を灌漑するための取水口及び水路敷として貸付申請があつたものであるが、事情やむを得ないものと認められ、又、特別管理上支障がないので、案により施行してよろしいか」との伺いを行い、同日、小国営林署長は、右伺いのとおり決裁をしていること、以上の事実が一応認められ、かかる事実によれば、本件貸付の申請の目的は、その申請書類及び小国営林署側における本件貸付の決定に至るまでの内部資料に徴する限り、小川沢の流水を債権者祐一ら三名所有の水田への灌漑用水として利用するための堰、取水口及び水路を設置するに当り、その敷地として本件国有林野の貸付を受けることにあつたことが認められる。

(二) もつとも、債権者祐一は、右の点につき、本件貸付の申請に当つて申請書添付の書類等に「水田かんがい目的」と記載されているのは、「書類の形式上そのようにされたい。」との小国営林署側の指示に従つて記載したまでである旨を主張しており、また<証拠略>中にも「営林署としては、「貸付項目の中に、岩魚の養魚目的というのがないので、水田かんがい用という形式で申し込んで欲しい。」、「貸付申請書類は、形式上水田のかんがい目的として、佐藤祐吉、小嶋健寿を加えた三人の名前で申し込んで欲しい。」とのことであつた。」旨の記載がある。しかしながら、債権者祐一が主張するように、本件貸付契約の目的自体を岩魚の養魚目的であるとすることについて、小国営林署長が全く問題視せず、異議なくこれを承諾し、単に形式上水田灌漑目的としたにすぎないのであれば、小国営林署内部においては、当然本件国有林野を岩魚の養魚目的で貸付けることの適否が検討されていて然るべきであるところ、本件の全疎明資料によつても同営林署内部でかかる検討がなされた形跡は窺えず、むしろ、前記(一)で認定したように、本件貸付の申請の受理、実地調査、伺い、決裁のすべての過程において、一貫して本件貸付が水田灌漑を目的とするものであるとして、処理されていることが認められるのである。また、債権者祐一の右主張を前提にするならば、同債権者の作成にかかる前記「本件国有林野を選定した理由」を記載した書面、堰及び水路の「資金計画書」、「足水中里小川沢かんがい用水路工事」の設計書等は、いずれも小国営林署側の指示によつて内容虚偽の書面を作成したこととなり、しかも、同営林署もこれに符合させるべく、言わば組織ぐるみで内容虚偽の「国有林野貸付実査書」や「伺い」文書を作成したことが必然の帰結となるところ、<証拠略>においては、債権者祐一が右の如き経緯で内容虚偽の書面を作成させられたなどとは一言も記載されておらず、小国営林署が右の如く内容虚偽の文書を作成したことを認めるに足る疎明は勿論のこと、同営林署が債権者らのためにこのようなことまでして便宜を図らなければならなかつたような特段の事情の存在を認めるに足る疎明もない。

さらに、疎明資料によれば、佐藤祐吉及び小嶋健寿の両名は、債権者祐一の懇請により本件貸付の共同申請名義人として名前を貸すことを承諾し、前記委任状に捺印したことが窺われるところ、仮に、右両名を本件貸付の共同申請人とすることが小国営林署側の指示によるものであつたとしても、かかる事実は、必ずしも本件貸付の申請書類が単に形式上水田の灌漑目的とされていた事実を推認させるものではなく、同営林署が債権者祐一を含む三名で構成される水利組合名義による貸付申請を要求したこと自体、むしろ本件国有林野を水田灌漑目的でしか貸付ける意向のなかつたことを示すものと解することも可能というべきである。

(三) 加えて、疎明資料によれば、小国営林署は、昭和五三年には巻ノ沢の流域にある国有林百林班「る2」小班(〇・一六ヘクタール)を皆伐方式により、昭和五六年には小川沢の流域にある「に2」小班(一・一三ヘクタール)を保残伐方式によりそれぞれ伐採を実施していることが認められ、かかる事実からすると、昭和五三年当時、右「に2」小班の伐採計画は当然予定されていたと考えられ、また、疎明資料によれば、昭和五四年当時、既に小川沢には将来砂防ダム建設の構想があつたことが認められるのである。しかして、債権者幸夫が、昭和五三年ころ、小国営林署に対し、真実「岩魚は敏感な魚だから、万一小川沢と巻ノ沢の上流で何かあるときは、真先に債権者幸夫に知らせてくれ。」と申し入れていたとするならば、小国営林署長において、岩魚の養魚目的で本件国有林野を債権者らに貸付けることにより、将来、国有林百林班における伐採計画や砂防ダム建設計画が具体化する段階で、債権者らから当然異議を申し入れられることが予想され、国有林野の経営管理にとつて重大な支障をきたす事態が生ずるであろうことは当然予見できた筈であるから、本件国有林野を岩魚の養魚目的で貸付けるなどということは、同営林署長の職責、立場に鑑みとうてい首肯し難いところといわなければならない。

(四) 以上前記(一)ないし(三)の諸事実に、<証拠略>を総合すれば、<証拠略>の記載内容はにわかに信用することができず、他に、債権者祐一の前記主張事実を認めるに足る疎明資料はない。

4  かえつて、前記3、(一)に認定の事実に同3、(四)に掲記の疎明資料を総合すれば、以下の事実を一応認めることができる。すなわち、

(一) 昭和五三年秋ころ、小国営林署の玉川担当区事務所主任の佐藤技官は、同事務所に債権者祐一の来訪を受け、同人から「自分は岩魚の養殖をしており、それに必要な水を小川沢から引いているが、水を安定的に確保するため、小川沢の国有林野内に取水口を作りたいので、その敷地を貸して貰いたい。」旨の申し入れを受けたこと

(二) そこで、佐藤技官は、小国営林署に債権者祐一の右申入れを伝えて説明をしたところ、同営林署の見解は、「養魚のための水路は、流域の国有林の伐採、林道工事、砂防ダムの建設などを計画した場合、国有林野事業の実行や経営管理に支障をきたすおそれがあるので、貸付けすべきではない。」とのことであつたので、佐藤技官は債権者祐一に対し、「魚の養殖を行う目的で国有林野を貸すことはできない」旨を説明したこと

(三) ところが、昭和五四年正月ころ、佐藤技官は債権者祐一から、「小川沢からの水路は、水田の灌漑用として利用しているので、灌漑用の水路敷として国有林野を借用できないものか」との相談を持ちかけられたので、小国営林署にその旨を話したところ、同営林署は「水田灌漑目的であれば、国有林野を貸すことができる。」との意向であつたこと

(四) その後同年二月上旬ころに至り、佐藤技官は、債権者祐一から改めて「水田の灌漑を目的とする取水口敷及び水路敷として、国有林野の一部を借り受けたい」旨の申込みがなされたので、再度小国営林署に相談をしたこと、同営林署としては、新規に国有林野を貸付ける場合、必ず国有林野を選定した理由、事業計画等必要な書類を提出させて判断しているところから、佐藤技官に対し、右各書類の提出方を指示したこと

(五) そして、債権者祐一は、佐藤技官の指示に基づき、同年二月二六日ころ、先ず前記3、(一)の(2)で認定した如き内容の本件国有林野を選定した理由を記載した書面を提出し、次いで同年四月一七日ころまでに前記3、(一)の(3)で認定した委任状等の書面が添付された本件貸付の申請書がいずれも小国営林署長宛に提出されたこと

(六) なお、国有林野を水路敷や道路敷として貸付ける場合には、実際に使用する部分のみを貸付けるのではなく、借受人が原状の地形に手を加える巾をも含めているところ、佐藤技官が、本件貸付の申請受理に当つて現地調査を行つた際、本件水路敷の巾を一メートルとすることを勧めたのは、現地の傾斜が急で、そこに実際水が流れる巾が四〇ないし五〇センチメートルの水路を設置するとすれば、山の斜面に手を加えなければならない巾が一メートルは必要であると判断したためであること

以上の事実が一応認められる。

してみると、小国営林署は、当初債権者祐一から申入れのあつた本件国有林野を岩魚の養魚目的で貸付ける件については、明確にこれを断る旨の回答をなし、その後、同債権者から、改めて「小川沢の流水を水田灌漑用水として利用する目的で設置する取水口及び水路の各敷地として、本件国有林野の貸付を受けたい。」旨の申入れがあつたので、小国営林署長は、かかる目的での本件国有林野の貸付であれば国有林野の経営管理上支障がないとしてこれを承諾し、債権者祐一に必要書類を提出させるなど所要手続を履践したうえ、本件貸付契約を締結したものであり、したがつて、本件貸付契約中の債権者祐一と債務者との間の合意には、債権者祐一において小川沢の流水をその自然のままの状態で、岩魚の養魚目的のために継続的、独占的、排他的に利用するについての合意が含まれる余地はなかつたものというべきである。

もつとも、債権者祐一は、債権者らが、本件国有林野に総額金四〇〇万円の費用を出捐して本件水利施設を設置したのは、本件貸付契約中に、債権者祐一において小川沢の流水を岩魚の養魚目的のために利用することについての合意が含まれていたからこそであつて、単に山間のわずかな水田を耕作するのであれば、かかる投資をする筈がないし、佐藤祐吉、小嶋健寿が右費用を負担しないのも不自然である旨を主張しており、疎明資料によると、債権者らは、本件貸付契約締結の直後、本件水利施設の配置工事に着手し、総額約金四〇〇万円の費用をかけてこれを完成したこと、佐藤祐吉及び小嶋健寿の両名は、右費用を全く負担していないことが一応認められる。

しかしながら、前述のとおり、債権者祐一は本件貸付の申請に際し、自ら前記3、(一)の(2)(3)に認定した書面を作成して小国営林署長宛に提出しており、かかる申請書類及び小国営林署側における本件貸付の決定に至るまでの内部資料を検討しても、本件貸付契約の目的が、岩魚の養魚目的であつたことは全く窺い知ることができず、むしろ、一貫して債権者祐一ら三名の水田の灌漑目的で本件国有林野を貸付けることとして関理されていたことが明らかであるから(しかも、右申請書類が小国営林署の指示によつて作成された内容虚偽の書面であつたことや、右内部資料が同営林署によつて作成された内容虚偽の書面であつたことを認めるに足る疎明のないことは、既に述べたとおりである。)、仮に、債権者祐一が、本件貸付の申請当時、岩魚の養魚目的で、本件国有林野に金四〇〇万円もの費用をかけた水利施設を設置することを企図し、そのような計画を有していたとしても、かかる債権者祐一の企図、計画は、本件貸付契約締結の際、小国営林署側には全く示されずに債権者祐一の内心にとどまつていたというにすぎず、したがつて、岩魚の養魚目的が本件貸付契約の要素となる余地はなかつたものというべく、債権者らが、前記の如く多額の費用を出捐して本件水利施設を設置している事実は、本件貸付契約が水田の灌漑を目的とするものであるとの前記認定を何ら左右するものではない。

また、佐藤祐吉及び小嶋健寿の両名が、本件水利施設の費用を全く負担していない点についても、前記3、(二)で認定のとおり、右両名は、債権者祐一の懇請により、本件貸付の共同申請名義人として名前を貸したにすぎないのであるから、全く費用を負担していないということも、何ら異とするに足りないというべきである。

5  よつて、本件貸付契約中の債権者祐一と債務者との間の合意の中に、債権者祐一において小川沢の流水をその自然のままの状態で、岩魚の養魚目的のために継続的、独占的、排他的に利用するについての合意が含まれていたとの事実を前提とする、債権者祐一の契約上の水利権の主張は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく、この点においてすでに失当といわなければならない。

6  のみならず、債権者祐一の契約上の水利権の主張は、以下の理由によつてもまた失当というべきである。

(一) 債権者祐一の主張する契約上の水利権なるものの内容が、契約によつて、債権者祐一と債務者との間に、債権者祐一が岩魚の養魚目的による水利施設を設置し、あるいはかかる水利施設を利用するのを債務者において受忍し、もしくは、債権者が岩魚の養魚目的で小川沢の流水を利用するのを債務者において妨害してはならない旨の単なる不作為の債権債務を設定したものというのであるか、それとも、自然公物たる河川の流水を岩魚の養魚目的のために排他的に利用することができる物権としての水利権、すなわち、何人に対しても優先的効力を有し、妨害予防請求権等の物上請求権を行使しうる水利権を設定したものというのであるか、そのいずれを主張しているのかは必ずしも判然としないところ(もつとも、そのいずれにせよ、岩魚養魚という目的が本件貸付契約の要素となつていないことは、既に認定したとおりである。)、先ず前者の主張であれば、債権者祐一は、債務者のみに対し、前記不作為請求債権を有し、債務者において右不作為債務を不履行したときには、民法四一四条三項、民事執行法一七一条一項により、不履行の結果として有形的な状態を生じた場合にのみ、債務者の費用をもつてそのなしたものを除去し、かつ、将来のため適当な処分をなすことを請求しうるにすぎないから、かかる不作為請求債権を被保全(すなわち、流量の減少、流水の汚濁、水温の上昇)権利としては、未だ債務者による流水利用の妨害の結果が現実に生じていない段階で、本件仮処分申請の趣旨の如く、事前に本件伐採予定地区のブナ等原生林の伐採禁止を求めることはできないというべきである。

(二)(1) 次に、契約上の水利権の内容が後者の主張であるとすれば、そもそも、自然の流水はその多少にかかわらず原則としてこれを公水とみるべきであるところ、公水について私人がこれを排他的、独占的かつ継続的に使用することができるのは、河川管理者である所管行政庁の特許(河川法の適用・準用のない普通河川については、地方公共団体が条例を制定している場合にはこれによる特許)を受けた場合か、または慣習によつてその使用が権利として確立されている場合に限られると解すべきであるから、債権者祐一と債務者との間の私法上の設定契約に基づいて、債権者祐一が物権としての水利権を取得できる筋合にないことは明らかである。

(2) のみならず、小国営林署長すなわち債務者は、以下に述べるとおり、そもそも小川沢の流水について何らの管理権限を有しないから、本件貸付契約中に、小川沢の流水につき物権としての水利権を設定する旨の合意が含まれる余地はないというべきである。すなわち、小川沢が、国有林野内に所在する河川法の適用も準用もされない普通河川であり、山形県普通河川取締条例の対象となつておらず、小国町も普通河川取締条例を制定していないことは、当事者間に争いがないところ、河川法の適用のない普通河川の管理は、財産(主として不動産としての土地)の適正管理を目的としてなされる財産管理と、その対象の所有権の帰属を問うことなく、公共用物としての機能維持を目的としてなされる機能管理とに分かれ、国有財産に対する財産管理は、国有財産法等に基づき国の機関がこれを行うものとされている(国有財産法一条、二条、五条等)。しかして、普通河川は、流水とその河川敷地によつて構成され、国有の河川敷地については前述のとおり国の機関が財産管理を行つているが、普通河川の流水は、そもそも国有財産法に規定する国有財産に含まれず(河川法三条は、「河川の流水は、私権の目的となることができない。」と規定しており、普通河川の流れも同様であろう。)、したがつて、国有財産法に基づく財産管理に河川としての流水の管理が含まれないのは明らかである。他方、流水とその河川敷地の総合体である普通河川の機能管理は、当然流水の管理を含むものであつて、かかる普通河川の管理は、地方自治法二条二項、三項二号により、国の事務に属さない行政事務として、地方公共団体が条例を定めることによつて、これを行う機能を有するようになるものとされているところ、右の規定は地方公共団体の事務を例示しているにすぎず、右の規定から直ちに地方公共団体がその区域内の普通河川を法律上管理することとなるわけのものではなく、普通河川の管理に関する条例を定めていない地方公共団体を普通河川の法律上の管理者であるとすることはできないと解すべきであるから(最判昭和五九年一一月二九日、民集三八巻一一号一二六二頁参照)、本件の小川沢の如く、国有林野内に所在し、かつ、地方公共団体の条例による管理が行われていない普通河川に関しては、法律上河川としての流水を管理する権限を有する主体が存在せず、ただ国有の河川敷地についてのみ国有財産法の規定による財産管理が行われるにすぎないこととなる。しかして、かかる国有財産法の規定による財産管理に流水の管理が含まれないことは、既に述べたとおりであるから、結局、小川沢の流水について、小国営林署長すなわち債務者は、その管理権限を有せず、したがつて、右流水について水利権を設定することは不可能というべく、本件貸付契約中にかかる合意が存在しうる余地はないというほかない。

債権者祐一は、以上の点に関し、国有林野内の普通河川については、河川敷を国有財産として管理する権限を有している営林署長が、その財産管理権に基づいて、本来的に河川の流水についての機能管理権をも有しており、ただ、地方自治法二条二項、三項二号、一四条一項により市町村が条例を制定して管理する場合に限り、国の機能管理権が休眠するにすぎないと主張しているが、右は独自の見解というべく、到底採用の限りでない。

二  債権者ら主張の小川沢及び巻ノ沢の流水に対する慣行上の水利権について

1  債権者らが本件水利施設によつて、巻ノ沢の流水が合流する小川沢の流水を取水したうえ、これを債権者らの養魚場へと導水している状況は、前記一、1において認定しているとおりであるが、他方、<証拠略>によると、巻ノ沢については、別紙「水路略図」中に「取水口B」と表示された箇所に、岩盤をくりぬいただけの取水口(この取水口を「取水口B」という。)が設けられていて、債権者らは、右取水口Bから巻ノ沢上流の流水を取水したうえ、これを通称巻ノ沢歩道に添つて小川沢の西側を通る素掘りの水路により導水していること、そして、前記小川沢からの導水路と右巻ノ沢上流からの導水路を経て導水された水は、別紙「水路略図」に記載のとおり、いつたん合流したうえ、債権者祐一方居宅西側で二つに分かれ、一方は同居宅内部の孵化施設に引き込まれ、他方は右居宅西側を通つて、沈澱水槽、採卵用養魚池、稚魚養魚池、成魚養魚池の順に注いでいること、以上の事実が一応認められる。

2  ところで、債権者らは、先ず、小川沢及び巻ノ沢の流水について、いずれも飲料用水、水田灌漑用水を目的とする先祖伝来の慣行上の水利権(以下「灌漑用水利権」という。)を有することを前提に、小川沢及び巻ノ沢の如く河川法の適用もなく地方自治体の条例による管理もされていない普通河川の慣行上の水利権は、生産活動の変化により、その目的が変容しても同一性を保つて継続するものであるとして、現在債権者らが小川沢及び巻ノ沢の流水を利用して岩魚の養魚を行つていることにより、債権者らが、先祖代々有する灌漑用水利権は、小川沢及び巻ノ沢の流水を飲料目的、水田灌漑目的に加え、岩魚の養魚目的をも含めてその自然状態のまま利用する権利として、その同一性を保ちつつ変容して存続している旨を主張する。

しかしながら、およそ水利権は、河川を管理する行政主体の特許によつて成立した水利権であれ、慣行上の水利権であれ、一定の水量を特定の目的のために使用する内容をもつ支配権であるから、水量の点から制限されるのは勿論、使用目的の点からも制限され、具体的な各使用目的に応じて個々別々の権利として成立するものと解すべきであつて、ある使用目的の水利権が、当然に他の使用目的の水利権に転ずるということはありえず、かかる理は、河川法の適用もなく、地方自治体の条例による管理もされていない普通河川の慣行上の水利権についても異るところはないというべきである。

してみると、仮に、債権者らが、小川沢及び巻ノ沢の流水について先祖光来の灌漑用水利権を有していたとしても、債権者らにおいて、右水利権の対象であつた流水を、ある時点から岩魚の養魚目的にも利用するようになつたとの事由により当然に、右灌漑用水利権の内容が岩魚の養魚を目的とする水利権に変容した旨の前記債権者らの主張は、それ自体失当であり、とうてい採用することができない。

3  次に、債権者らは、債権者らが岩魚の養魚目的で小川沢及び巻ノ沢の流水を利用するについて社会的承認を受け、かつ流水利用期間の点についてもその要件を充足しているから、小川沢及び巻ノ沢の流水につき、岩魚の養魚目的による慣行上の水利権を取得している旨を主張しているので、検討する。

(一) 水利権は、一般に、特定の者が一定の流水の使用を行う慣行がある場合において、その流水の使用が正当で侵害すべからざるものとして社会的に承認されることによつて成立するものであるが、かかる慣行水利権が成立するためには、なによりも先ず、事実的な流水利用が長期に亘つて反復継続されることが必要というべきである。しかして、<証拠略>によれば、債権者らは、昭和五〇年ころから、小国町ではじめて、巻ノ沢上流から引いている導水路の水を利用し、これに債権者祐一方居宅前に据え付けたポンプによつて揚水した小川沢の流水を補充するなどして、岩魚の養魚を試み、昭和五二年ころには約五〇〇〇匹の岩魚の養魚に成功したこと、その後、昭和五四年四月に本件貸付契約を締結し、約一年後に本件水利施設を含め現在の養魚場の施設を完成させ、小川沢及び巻ノ沢の流水を使用して岩魚の養魚事業を営み、現在に至るまで前記第一、一に認定の実績とこれによる利益を享受していたことが一応認められるところ、右認定事実によると、債権者らが岩魚の養魚を開始した当時、小国地方において、巻ノ沢及び小川沢の流水を利用して岩魚の養魚を行う慣行は、未だ存在していなかつたうえ、債権者らの岩魚の養魚目的による巻ノ沢及び小川沢の流水の使用年数はせいぜい一〇年余にすぎないのであるから、右使用は未だ慣行となり法的確信にまで高められたものとは到底解することができず、少くとも岩魚の養魚目的による流水の使用に関する限り、債権者らの前記認定にかかる利用行為は未だ自由使用の範囲を出ないものというべく、それによつて債権者らが得ている利益もまた自由使用の反射的利益にすぎないものであつて、これをもつて権利ということはできない。

(二) のみならず、慣行水利権が成立するためには、その水利用の正当性に対する社会的承認を獲得することが必要とされており、この社会的承認が慣習を法的規範として成立せしめるゆえんと解されるところ、この点に関する債権者らの主張も、以下に述べるとおり失当というほかはない。

すなわち、債権者らは、(イ)小川沢の流水の使用については、債権者祐一が、岩魚の養魚を機に、河川管理者である債務者との間に岩魚の養魚目的で本件貸付契約を締結し、その際、右両当事者間において岩魚の養魚目的での流水利用も合意されていたとの事実を、(ロ)巻ノ沢の流水の使用については、本件貸付契約に際して、債権者らは小国営林署長に対し、「巻ノ沢の流水を引いて岩魚の養魚に利用しているが、それだけでは不足なので小川沢の流水を利用したい」旨説明のうえ、本件貸付を受けたのであるから、巻ノ沢の河川管理権者である小国営林署長において、岩魚の養魚目的による巻ノ沢の流水の利用を承認することが、当然の前提とされていたとの事実を前提に、右両河川の流水を岩魚の養魚目的で使用するについて、河川管理権者たる小国営林署長すなわち債務者の承認があつたものであり、かかる承認が流水利用に対する社会的承認を認めうる重要な要素たりうる旨を主張している。

しかしながら、小国営林署長が小川沢の流水について何ら管理権限を有していないことは、前記一、6の(二)の(2)において詳述したとおりであり、また、<証拠略>によると、巻ノ沢もまた小川沢と同様、国有林野内に所在し、かつ、地方自治体の条例による管理が行われていない普通河川であることが認められるから、小川沢について述べたと同一の理由により、小国営林署長は、その河川敷地に対する財産管理権を有するものの、その流水については何ら管理権限を有しないものというべきであるし、かつまた、本件貸付契約が岩魚の養魚目的のために締結されたものでないことも既に認定したとおりであるから、債権者らの前記主張は、その前提をすべて欠き、この点において既に失当というべく、したがつて、債権者らの岩魚の養魚目的による慣行水利権取得の主張は、その正当性に対する社会的承認についてのその余の要素についての判断をするまでもなく、理由がないことに帰する。そして、他に債権者らが、岩魚の養魚目的で小川沢及び巻ノ沢の流水を使用することの正当性に対して社会的承認を獲得していることを肯認するに足る疎明はなく、むしろ、前記一、4で認定したところによれば、小国営林署は、債権者祐一から申入れのあつた小川沢の流水を岩魚の養魚のために使用する目的で本件国有林野を貸付ける件について、明確にこれを断る旨の回答をしていたものであり、その後、同債権者から、改めて、小川沢の流水を水田灌漑用水として使用する目的で本件国有林野の貸付を受けたい旨の申請があつたところから、小国営林署長としては、かかる目的による貸付であれば国有林野の経営管理上支障がないとして、これを承諾したにすぎないものであり、また疎明資料によれば、巻ノ沢の流水の使用については、同営林署長に対して何らかの社会的承認を求めうる契機となるような行為すらまつたく行つていなかつたことが認められるのであるから、債権者らが、岩魚の養魚目的で小川沢及び巻ノ沢の流水を使用することの正当性に対して社会的承認を獲得したものとは到底認め難い。

もつとも、<証拠略>によれば、小国営林署長は、小川沢について債権者らによる岩魚の養魚目的での流水利用を知り、あるいはこれを黙認しながら、本件貸付契約を更新していたこと、巻ノ沢についても取水口Bから取水した流水が小川沢からの流水と合流して債権者らの養魚池に導水されていることを黙認していたことがそれぞれ窺われ、また、取水口Bから養魚場に至る水路の一部(水路略図中の「取水口B」から「石35号」と表示された箇所までの区間)は国有林野内に所在していることが認められるが、他方、<証拠略>によると、本件貸付契約締結後今日に至るまで、本件貸付契約の趣旨及び目的のとおりに、巻ノ沢の流水と合流した小川沢の流水の一部が、本件水利施設によつて取水、導水されて、債権者祐一所有の水田への灌漑用水として、現実に使用されていることが一応認められるから、かかる事実に鑑みると、小国営林署長による本件貸付契約の更新や、前記小川沢及び巻ノ沢の流水の利用状態に対する黙認は、同営林署長が、債権者らの岩魚の養魚目的による小川沢及び巻ノ沢の流水利用を権利として承認したものというよりは、債権者らが、本件貸付契約の趣旨及び目的にのつとり、水田灌漑用水に使用したあとの余水を自由使用していることによつて得た前記反射的利益を尊重し、実害がないものとしてそのまま放置していたにすぎないものと解するのを相当とするから、右小国営林署長の契約更新及び黙認の事実は、何ら前記認定の妨げとなるものではないというべきである。

4  以上のとおり、債権者らは、小川沢及び巻ノ沢の流水について、未だ岩魚の養魚目的による慣行上の水利権を取得したものということはできず、他に債権者らがかかる慣行上の水利権を取得したことを認め得る疎明資料もないから、この点に関する債権者らの主張は失当である。

三  債権者ら主張の自然享有権について

近時の提唱にかかる自然享有権とは、債権者らの説くところによれば、国民が有する生命あるいは人間らしい生活を維持するために不可欠な自然の恵沢を享受する権利であるが、人類は、他の生命体に対し、人類を含むあらゆる生命の母胎であり、人間の健康で文化的な生活にとつて不可欠の公共財産ともいうべき自然を適正に保全する義務があり、そのために、現在及び将来の人間は、国あるいは地方公共団体に対し、この公共財産たる自然の適正な管理を信託しているのであるから、人類が自らの生存や種の保存を妨害する行為に対し、これを排除する権利であるというのである。

しかしながら、生命、種の保存のための自然環境の適正な保全、管理という問題は、国民ないし住民の民主的な選択に従い、立法及び行政の制度を通じて公共的に保全、管理されるべきであつて、自然環境に関する多様な利益の合理的調整は、当事者主義の制限の範囲内で個別的紛争の解決のみを目的とする民事訴訟制度のよく果し得るところではないのである。

しかも、現行法下の民事訴訟は、当事者間の紛争を、客観的な法を基準として解決する制度であるところ、右にいう自然享有権なるものの概念自体、その地域的広がり、対象的広がり、各個人とのつながりの点で明確でなく、また、人類の生存や種の保存に対する妨害といつても極めて漠然としていて、かかる概念の不明確さも掩い難いというべきである。

以上要するに、自然享有権なるものを私法上の具体な権利として構成できるかについてはなお多くの疑問があり、未だ一般の承認により権利性が確立されたものともいえないので、債権者らにかかる被保全権利があるとの主張は採用することができない。よつて、この点に関する債権者らの主張もまた失当というほかはない。

第三結論

以上のとおり、債権者らの本件仮処分申請は、いずれも被保全権利について疎明がなく、また、保証をもつてこれに代えることも相当でないものと認められる。

よつて、仮処分の必要性について判断するまでもなく、債権者らの本件仮処分申請は、理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 三浦潤 太田善康 池田徳博)

別紙 伐採計画図 <略>

別紙 養魚場位置図 <略>

別紙 巻ノ沢及び小川沢の流路位置図 <略>

別紙 小川沢水路・巻ノ沢水路略図 <略>

別紙 伐採地と養魚場の位置関係図 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例